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2013年12月21日土曜日

憧れの銀嶺

大学を卒業し、
就職した年の夏以降、
やはり自分は組織の中で働くのは合ってないなという気持ちが強まり、
木工職人として出直すかと、職業訓練所のことなどを調べだした頃、

幸か不幸か会社が倒産。

自分が20代半ばだった頃だ。

その後、どうせなら自分がやってみたいと思っていたことを色々やってみるかと、
まずは尾瀬の山小屋で働き出した。

最初に思っていたのは電気のない生活をしたかった。

この思いは山小屋にあった発電機でものの見事に打ち砕かれたわけだが、
それでも一日のうちに発電機を回す時間は基本的に夕食の時間だけ。

その後の夜はとても静かだった。

目の前が尾瀬の湿原だったこともあって、
夜、仕事が終わったあと、
懐中電灯ひとつ持って湿原の真ん中まで歩いて行くと、
太古の昔の息吹が感じられた。

この頃はCanon AE-1でリバーサルで撮っていた。
まだ家の何処かにAE-1があるはずなんだが・・・・。


そんな山小屋も冬の間は雪に閉ざされ閉館。

従業員たちの中には、
夏に稼いだお金で冬の間はネパールでトレッキングしたりして過ごし、
春になったらまた山小屋に戻って来るという生活をしていた人たちがいた。

そういう人たちから話を聞いていたので、
自分もいつかはヒマラヤ・トレッキングという思いがあったのだが、
縁があってカナダに来たりして、
永住権を取るのに必死だったり、
いつかその思いは遠のいていた。

でもその思いは消えることなく、
自分の心の中に今でもくすぶり続けている。


Kelownaに住んでいる友人のお母さんが本を出したという。


何が何でも行くぞ!
ヒマラヤ・トレッキング紀行 (坂大トキエ著) 白山書房

Z900EXR


早速貸してもらって読んだ。

友人の母はなんと60歳を過ぎて定年後に、
ヒマラヤに通い始め、ハマってしまって、
その後の10年間に14回もトレッキングに行った。

しかも3回目以降はツアーがなかったので、
すべて彼女自身による手作りのトレッキングだ。
そして、10年間でエベレスト街道全線踏破した。

一度はトレッキングの途中で、
雨の中浮石にのって手首骨折で中断という目にも合うが、
その後しっかりとリベンジ・トレッキングも。
 

読んでいて彼女のパワフルさとネパールに対する思いが伝わってくる。

自分の心の中にくすぶり続けていた思いがむくむくと蘇ってきた。


よ~し、いつか絶対行くぞヒマラヤ・トレッキング!




しかし、この本の写真を撮ったFujifilm Finepix Z900EXRとは、
バイク乗りに乗っては涎が出そうな名前してるな・・・。(笑)

かみさんが自分の実家のおふくろからもらったお下がりカメラだ。
何でもおふくろはこのカメラの色合が気に入らず、
違うのに買い替えたんだそうな。
ネットでも評判はいまいちだがプロは褒めている。
かみさんの使い方には十分だろう。
「小さくて赤いカメラがほしい」という条件は完ぺきに満たされたわけだから。




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2 件のコメント:

  1. 木工職人を目指していた方が料理人に そしてカナダに永住 数奇な人生ですね 余暇を楽しむ姿勢は日本人にはあまり見かけません 羨ましい限りです 人生に定年は無いので私も趣味をもっと広げたいと思いました

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    返信
    1. 日本人は働くことが人生だみたいに洗脳されてしまいますからね。
      自分は日本では異端児だと思います。
      だからこそ、カナダに来てこちらにおける普通の人になれて居心地が良かったんでしょうね。
      趣味に年齢は関係ありませんよ。
      もっともっと人生を楽しみましょう。
      お金がなくてもお金で得られないものたくさんあります。

      削除